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2001・11月〜2月のNZ記
※その1・・まだ日本だけど・・ウキウキ。(10/30アップ)
またニュージーランド行きである。近所の大工さんが呆れたように「また行くのーぉ?!」と。釣りをやらない人ならいざ知らず、彼はフライマンである。その彼に言われると、とても後ろめたくなってしまうが、だからといって中止する気などさらさらなく、なんとか正当化する屁理屈をさがすのだから、いやはや我ながらずーずーしい。
先日、佐藤成史さんと老後の話になった。「一年中釣り歩くよ。アメリカ、カナダ、ニュージーランド、それぞれ数ヶ月づつ居りゃ、一年過ぎちゃう」っと彼。ワシは「やっぱり半年ニュージーランドがいいなぁ、のんびりしてて」っと。・・・そして、その数日後、あのテロが起きた。「やはり世界で一番安全なのはニュージーランドですかねぇ」っと彼からのメール。そう、やはりニュージーランドなのである。それも都会からずーっと離れたド田舎がいい。羊と牛と山と川、それに、夏の日差しにはオゾンホールを意識させられるけれど、どこまでも青い空。「あぁ〜〜」っと口を開けっぱなしでのけぞってしまう満天の星空。
ワシの家も東北地方の田舎であるが、子供の頃に家の周りにあんなに居た真っ赤っかの赤トンボはこの秋は数匹しか見てないし、毎年春にはうるさいほどだった田んぼのカエルの鳴き声もいつのまにか我が家には届かなくなった。田舎らしさを誇示するかのように近所の鶏がうるさく鳴いては体裁をかろうじて保とうとするが、「コケーコッ・・!」っと中途半端で、鶏まで田舎らしさが半分だ。最近テレビで見た津軽人だってほぼ標準語。津軽は津軽だったはずなのに、今やもう津軽は日本になってしまったのだ。
その点、NZの田舎はあくまでも田舎で、特にワシが今回も行く地方の人たちなんか、テレビで笑いのネタになるほどの訛りよう。携帯電話の電波が届かないどころか、水道さえきていない家もざらだ。そういう家は、大きなタンクに雨水を貯めての生活で、太田さんなど「水道よりずっと旨い」っとジュースがわりにゴクゴクやる。たしかにカルキ臭が無く、旨い。「鳥のウンチも混じってっかもね」っと言うと太田さん、「ゴクゴ・・ッ!」っと止まった。しかし、原始的とも思えるこの方法、なかなかどうして上手く機能していて家の中の生活はとても雨水に支えられてるとは信じがたい近代的生活なのだ。田舎でありながら、日本の田舎とはちょと違うセンスの良さにいつも関心させられるのである。
さて、あと2週間ほどで、そのNZ生活。在住のさとうさん達と何回も遊べそう。今、とても忙しいニョニョさんは無理としても、ホニャさんも来れるかもしんないし、おなじみ、ウルサイ太田さんも・・それに、もしかすると備前貢氏・・ブッシュはとりこみ中なのでクリントン・・天国からは開高健・・いろんな人と遊ぶのだ。・・・小泉は遊んでやんない。
※その2・・・技あり!(11/25)
ペタングとか呼ばれる変なスポーツがある。町の公園などで何人か集まってやるのであるが、どうやら、ま〜るい鉄のボールをあらかじめ置いてあるボールの近くに投げ、一番近くに投げた人が勝ちのようだ。なにやら単純この上ないゲームなのだが、近所のピーター、「一番タフなスポーツなんだ」っとまじめ顔でいったそうな。「え〜?」っと手下。鉄球をほんの数メーター投げるだけのが何で?っと当然不思議に思ったのだ。そしてピーター、またまたまじめな顔でこう言った「一番死ぬ確率が多いスポーツさ、何でって、もう死にそうな年寄りばかりがやってるから」。・・・ウマイ!!。
※その3は・・たまには名曲だって唄うのだ(11/30アップ)
NZに着いたらどんどん書くつもりだったのが、ずるずると2週間以上も過ぎてしまった。
何をしてたかと言うと、「買い物!」。そう、毎日買い物である。ベッド、布団、シーツ、枕、鍋、茶碗、スプーン、電球、掃除機、ストーブ、電話機・・・・など、など、など。隣町にあるホームセンターではワシらの顔を覚えてしまい、「昨日買ったのはもうセットしおわったの?」なんて言われる始末。「なんて日本人は買い物好きなんだろう」と思っているのに違いない。とりあえず必要なモノはデイビッドの奥さんのベブが準備してくれていたものの、いざ生活するとなると足りないものが次々出てきて買い物が日課となってしまうのである。
しかし、風もなく絶好の釣り日よりには影に隠れていた「釣りの虫」が出てきて、「今日も買い物?うそだろう?」っと・・・・。それじゃそろそろっ、と手下を家に残し一人で出かけた。手下は大雨で家の後ろを流れる本流がまだ濁流状態なので尻込みしているのだ。
さて、どこに行こうかと考えながら車を走らせる。毎日買い物に来ていた町を過ぎたあたりで、「よし、前回チャンスを逸して行けなかった支流のW川に行ってみよう」っと決める。前には時速90キロくらいでノロノロ走るトラック。これ幸いとキョロキョロよそ見しながら後に続く。川があるとどんなに小さい流れでも首を伸ばして覗いてしまうのは万国共通、釣り人のサガだ。しかし、覗く川はことごとく泥水。これじゃ目指すW川も望み無しと、あきらめかけたとき、車は小さな橋を渡った。
「オー!キレイじゃないの!」。思わずブレーキを踏み、車を下りて確認する。深みは濁りで底が見えないが、浅場は大丈夫。これくらいなら釣りになる。
地図を見ると、上流に行く道がある。ラッキーちゃちゃちゃで、もうすでに鼻歌もの。今回の楽曲は、作詞作曲アレンジともよろずやの「♪ちゅーきりっきちゅーきりっき♪」である。
地図には川を渡る橋が二つある。最初の橋に行ってみると・・・いまいち。二つ目は、「う〜ん、ミィヤンダム、いけそーじゃーおまへんか」。ワシはマスの臭いがわかる男なのである。あの檜の香りは何とも言えん・・・って、そりゃ升酒のマスじゃん・・・「♪ちゅーきりっきちゅーきりっき♪」。
急ぐ必要はないのに、なぜかせかせかと身支度を整える。「慌てるといつも忘れ物をするので落ち着いてやろうっと」、・・・「さてこれで準備万端」。フェンスを越え、川沿いに歩く。しかし、どうも河面がギラついて魚を探しにくい。「あ、偏光レンズ!」・・忘れたのである。・・「♪ちゅ〜きりっきぃ〜ぃ〜ぃ〜」っと12小節ほど唄う距離をもどり、今度こそ準備OK。
50mほど行くとスーっと走る影、「居る!」。魚さえ居りゃこっちのもの、さらに少し歩くと、丸見えのヤツが・・・ら、ライズしやがった。「ガハガハガハ」もうア〜タ、そりゃないぜ。「私日本人大好き!どうぞ釣って下さい!」っと鴨ネギ状態のブラウンは、まんまと「よろずやアント」を「アムン!」っと食い、「グワングワン、ジー!、ゴンゴンゴン、ジジジー!」を数回繰り返し、川岸で「バッタンバッタン」となったのである。そんなこんなの「ゴンゴン、ジジジー」はこのあと数回続き、長いこと空腹状態だった釣りの虫は大満足で、「よし、今日はこれくらいで勘弁したる!」っと「ちゅーきりきっき」のエンディングを唄ったのだ。・・・う〜ん、今日のはなかなかの名曲であった。
※その4・・・昔々あるところに・・(12/9アップ)
「寒い寒い」とストーブを焚いていたら突然29度の夏がやってきて、フリースから半袖短パンの生活に・・・一体どないなってまんねん。
こうなると庭の芝生、どんどんどんどん伸び始める。庭の手入れをしてくれる業者が2週間に一度来てくれると言う。しかし、その作業を見ると、ただ芝を刈り、垣根を平らに切るだけ。雑草を取るでもなし、花の手入れをするでもなし。まぁ作業賃は安いので仕方ないのかもしれないけれど、あんあもんならワシだって出来るわい。ちゅうわけで、芝刈り機械を買った。小さい4サイクルエンジンの付いた、昔のと比べるとかなり静かなヤツである。
しかし、こうやって次々と買い物を続けると、借金地獄におちいりはしないかと不安になるが、この芝刈り機、英語では「ローンモゥア」って言うらしい・・・げー!「Loan more」じゃおまへんか、ってスペル違〜う。
さて、ワシが居る間は芝刈り出来るが、居ないときは誰がやる?・・・居た居た、大田さんが。今回はワシが帰った後にくるらしい。好都合である。
彼は他人のモノは自分のモノと考えるタチなので、これ幸い「自分の家は自分で管理しなさい」っと任せよう。彼が帰るころにはもう秋も終わり、芝はもうほとんど伸びない。すばらしい作戦である。
ついでに裏庭にあるジャングルもなんとかしてもらおう。ワシらがここに居座る前まではおばぁちゃんの一人暮だったらしい。そのおばぁちゃん、木を植えたはいいけれど、年を取って手入れが出来なくなり、伸び放題になったのだ。まぁこれはこれで放っておけば手がかからなくていいのだけれど、太田さんのことを思いやり、ボケ防止にたくさん仕事を準備しておいてあげよう。
・・・・朝起きたら、おじいちゃんは裏のジャングルに芝刈りに行き、おばぁちゃんは川に鱒釣りに行きました。すると上流からガスボンベが流れてきました。おばぁちゃんがそのボンベを拾おうと思ったとたん、ピーターが拾ってしまいました。ピーターは大喜びで家に持ち帰り、割ってしまうと使えないので、13ドルでガスを入れてもらいました。次の日、ピーターは川にそのにボンベが使えるヒーターを拾いに行きました。有りませんでした。・・・・
っと昔話のような生活を楽しめるのである。素晴らしい。(注 ピーターがボンベを拾って大喜びしたのは実話で、次の日にヒーター落ちてないかなぁっと言ったのもホントのことである。大水の後の川はいろいろ流れてきて面白い)
※その5・・・長いのか、短いのか、6年間てのは・・(12/19)
手下が帰国してしまった。これまで炊事洗濯全部やらせていたので、ワシの仕事が急に増えた。
ワシが手下に雑用を任せっきりにしていたのを見て、デイビッドとピーター、「日本人はタリバンみたいだなぁ」っと・・・。当然ワシは開き直り、タリバンを自称したが、今はタリバン バイ マイセルフと言っている。
さて、一人になるとなんとも人恋しくなるものである。「だれか遊びに来ないかなぁ」なんて思っていると、こんなときに限って誰も来ない。どうしたもんかと考えてひらめいた。「よし友達が来ないときはこっちからいったろう」
旧型ビッグホーンにインスタントラーメンやら米などの非常食を積み6年来会ってないワナカの悪ガキどもの親分、サンデー(・・・といっても既に子供3人のオヤジであるのだが・・・)に、会いに出かけた。よろずやハウスから約3時間の距離である。
さて、まだワナカに住んでいるだろうか。今日は土曜日、いつもなら浴びるほどビールを飲んで朝まで騒ぐ日である。もし、まだ居るのなら、飲むのをやめてしまったワシはどう付き合おうかと思案しながら3時間走り続ける。
途中までの景色はこの6年の間にも何度か走っているので見慣れた景色。さていよいよワナカへの分岐点、久しぶりの景色はというと、なんだか様子が違う、別の街に来たように見たことがない建物があちこちに建ち、あれれれ?てな具合である。街の真ん中にも入ってみるとこれまたガラリと変わり、以前のようなこぢんまりした観光地から、ワイワイがやがや人だかりの俗っぽい観光地になっている。それでもスポーツショップは以前と同じところに有り、入ってみると見覚えのない店員。実は、ワナカに来るついでに他にも会いたい人が居り、その人の家を知ってだろうと思われる釣り具もあつかうショップにまず来たのである。その会いたい人というのは、かつて日本でもかなりの有名人だったブルースコリー。ニョニョさんのNZのお父さんである。しかし、店員のオネェチャン、名前を言っても「その人、誰?」ってな具合で話にならない。「有名なガイドだったんだよ、知らないの?」「へぇ〜、わかんな〜ぃ」。
それでもニョニョさんからもらった住所を見せると、観光案内の地図で場所を見つけてくれた。するとなんとサンデーの家のすぐ近くである。もしサンデーが無き人になっていてもすぐブルースの家に行ける。
さて、まずはサンデーの家。昔のままである。入っていくと、ガラス戸の内側から「Ken?!」っと・・サンデーの奥さんのタニアが先にワシを見つけ驚きの声を上げた。まだ居たのである。嬉しかった。「サンデーは?」っと聞くと、「まだ仕事、今、電話で呼んであげる」・・・サンデーは5分ほどですっ飛んできて「ヘェ〜ィ、ロ〜ングタイムノーシーィ」っと肩を抱く。プロレスラー並の体はますますゴツくなり、ワシはまるで雄牛にでも抱かれたようである。
最近どう?っと聞くと、「日曜無しのハードワークだ」とサンデー。「今日の夜も用事が入ってんだ。一緒に飲めねぇな」っと残念そうに言う、・・・ホッっとするワシ。「実はな、酒止めたんだ」っというと「何言ってんだ、今度時間が有るときまた飲むべよ、な?俺なんかまだガンガンだぞ」とジョッキをあおる仕草をしてみせた。その後、しばし、最近のワナカの変貌ぶりやワシら共通の知り合いの近況で盛り上がり。「さてと」っと時計を見ながらそわそわしだした。ほんとに忙しそうだ。ワシは「とりあえず顔を見たからもう帰ると」彼を仕事にもどした。すっかりまじめになってしまった。良いことなのか悪いことなのかワシには分からないが6年の時は何かを変えてしまったようである。
ブルースの家に行く。彼の家の番地を探していると、ちょうどそれらしい車が帰って来た。「え〜、ブルース、え〜、こ、コリ〜?」っと訪ねると、助手席から降りてきた老婦人、「そうよ、この人がブルースよ」っと。「やーやーやー、ニョニョさんに是非会ってこいって言われて、その、あの」てな具合に挨拶がすすみ、家のなかに案内してくれた。
リビングルームには大きなマスの剥製やら写真やら、ニョニョさんが言ったとおり、いかにも釣りキチといった感である。
しかし、「膝を痛めてから、もう釣りはしてないんだよ」っとぽつりと言う。ところが、ニョニョさん夫妻の釣り風景ビデオを見せてくれるうちに、ワシよりブルースがエキサイトしてきた。最初物静かな紳士だったその声や笑い声はだんだん大きくなり、うずうずしてきてるのが手に取るように分かる。
「ウチはすぐ近くが川だから歩かなくても大丈夫、釣りたくなったら泊まりにおいで」言うと、「クリスマスにお宅の近くに住んでいる息子に会いに行くから、もしかすると寄らせてもらうよ」子供のように喜んだ。その横で聞いていた奥さんは少し困ったような顔に・・・、彼の体を心配している様子である。しかし、「奥さんも一緒にどうぞ」と言うと手のひら返したようにニコニコ顔に・・・な〜んだ、自分だけおいていかれるのがヤなだけじゃん。
さて、次に会いに行ったのはモーターキャンプ場のフービー。彼は前回ワシが滞在した時には雇われマネージャーだったのだが、なんと今はオーナーになってしまったという。
着くと奥さんが「Ken?、まぁー久しぶりねぇ」っと歓迎してくれ、フービーもごつい手を差し伸べながら飛んできた。
活気のあるキャンプ場になっていた。新しい売店が建ち、キャビンも増え、フービーが以前住んでいた事務所件住宅には新しいマネージャーが住み、フービーは大きな家を新築中だ。「自分一人で建てたんだ」と胸を張り自慢するその家はガレージでさえ我が家より立派で、「ワシ、ここに住んでいい?」っと思わず言ってしまったほどである。ここも6年の間にコトは大きく動いたのである。
考えてみると、ワシ自信だってこの6年でずいぶんと変わった。あのころはNZに家を持つことなど考えもしなかったのが、今ではボロボロながらも「よろずやハウス」のオーナーである。たった6年・・・思い起こせば、短いけれどいろいろなコトがあったんだなぁと、しみじみと思わされるワナカ訪問であった。
※その6・・・クリスマスにはなんちゃってカレーを(12/24)
今日はクリスマスイブ。神も仏も信じないワシとしては全く関係のない日である。しかし、ワシが関係ないと思っていても世間はお構いなしにコトを進める。買い物などは、ガソリンスタンド以外は全部休みなので不便きわまりない。まぁそれでもワシ一人分だけの食料などはほんの少しで事足りるわけで、別段、食料買いだめなどは必要ないわけだ。・・・っと思っていたら。なんと突然、大人数のクリスマスパーチーをやることになった。とりあえず、何もないけど、カレーだねってな具合で、今、コトコトと鍋が鳴ってる最中だ。クリスマスにカレーってのも不思議だが他に作れる材料は無い。肉すらほんの少ししかないので、ソーセージで補っているほどなのだ。参加者の一人のオネェチャンがなにやら作って持ってきてくれるというので、それが唯一の頼みの綱である。
それにしても、今回の参加者、全員日本人。こんな地球の南のはじっこの小さな村に、寄りも寄ったり、なんと7人。無理矢理休みを取って来た人、日本でバイトして金が貯まると釣りの旅に出る人、ただの道楽もの(ワシのこと)、といろいろであるが、全員「釣りをするために人生が有る」と思いこんでる人ばかりである。ガイドのデイビッド、ワシらを「トラウトバム」っと呼ぶ。勿論、ワシは「アンタがそのボスだよ」っと負けちゃいない。彼の腕にあるメイフライの入れ墨が消えない限り、反論は出来ないのだ。
さて、和製トラウトバムたちは今、イブニングの真っ最中。そろそろ10時。外は暗くなりなりはじめた。ニコニコ顔で帰ってくるか、フラストレーションのカタマリのような顔つきで帰ってくるか、どっちにころんでも、これから釣り談義が果てしなく続く長い夜になる。皆が帰って来る前に、そろそろカレーの仕上げをしておこう。「みんなボウズになりなさい」っと念を込めるのが特製カレーの最終仕上げである。
※その7は・・・なんだかなぁ(12/30)
オマラマの国道ウソ800号線を西に行くとまっすぐな道は高低差など殆どないのになぜか「峠」と呼ばれたところにさしかかり、それを越えると道は南にカーブする。それを道なりに曲がらずに、ほぼまっすぐな方向に小さな農道が延びている。そこを、無理矢理、「北と南の分岐点」と言うらしいのだが、ウソ800号線だから何とでも書いていいのだ。であるから、ワシの場合、とっくの昔にやった「幻の池」などとわけのわからんところなど、気にせずに一気にそこから数時間も離れたニジマスの川に話しはぶっ飛ぶ。
そこは実はクィーンズタウンの佐藤さんのなわばりで、「今度一緒にやりましょう」っと誘われていたのだ。しかし、多忙な彼はなかなかワシを誘う時間がないらしく、とうとうしびれを切らして一人で抜け駆けを敢行したのである。
そこはまさにパラダイス。適度な水量、透明な水、景色も素晴らしい。しかし、あいにく入渓点にはセダンが一台。当然、上流に向かったと判断し、ワシは下った。少し行くと、まさにニジマス好みのポイントが。さてと、の「さ」と「て」の間くらいしか待たないあいだにライズ。まんまと「よろずやアントのレッグ付バージョン」をガボッっと食らい込み、かな〜り長い間遠ざかっていたニジマスの引きを楽しませてくれた。なにせ近頃はブラウンばかりやっていたので、リールが逆転するときにノブを手にぶつけて「痛ぇー!」なんてことになるなんて忘れていた。早速一匹目からその洗礼を受け、ワシはファイトしながら手を水で冷やした。体高があるとてもきれいなマスであった。写真を撮り、同じポイントにこんどはブラインドでやってみた。たった今バッシャンバッシャンとマスが大暴れしたその場所からなんとまた飛びついた。さすがレッグ付。このレッグ、ドクという憎まれっ子がプレゼントしてくれたもの。この場をかりて「ドク、おめぇのおかげでニジマス釣りが面白いじゃねぇかこのヤロ」っとお礼を言っておくのだ。2匹目のヤツは「なんでよ、オイオイ」っとホントに声をかけてしまうほど、ジャンプを繰り返した。木の下で数十pも飛び上がるものだから枝に引っかかりながら水に落ち、リーダーを枝に引っかけたまま逃げ回り、飛び回る。先ほどのよりひとまわり小さなヤツだったが、それだけに元気が良い。それでもティペットは3X、不安は無い。ランデングし、フックをはずすと「今日はこれでもういいか」っとふと思った。・・・勿論、それはそう思っただけですぐ次のポイントに歩き始めるのは釣り人のサガ。アホなので仕方ない。
ふたつみつ魚の居ないポイントが続き、なおも行くと、人が居た。それも日本人の若者二人連れ。
「あのセダンはあなた達の?」と聞くと「そうです」っと。「裏をかかれた」っとワシは思った。車が有れば上流にはだれも入らないだろうからそのまま残し、下流もやっちゃおうという一人占め作戦。案の定「上もやるんですか?」と聞くと「そうです、このままずーっと上もやります」っと素っ気ない返事。
そのまま、ワシはその川を後にした。日本でよく行くゴンゾ川の帰り道と同じ気持ちになった。
川へアクセスするゲートを閉ざすところが増え、「ここは個人の道です」っという看板が増えてるそうだ。そのうち「日本人は入れません」なんて看板が立つことにならないように・・・・お願いしやすよホントに。
※その7は・・・ヒロポンだぁ?(1/18)
年が明け、またひとつ歳を取る。こればっかりは「いらない」といくら主張しようとかなわず、むこうから勝手にやってくる。押し売りみたいなものである。それでもワシは51歳だからまだ良い。70を越えたあたりになると、これが見るに忍びない。「友達がだんだん居なくなるなぁ」なんてしみじみ言われてごらんさい。引き出しをいくら探そうと返す言葉などありゃせんばい。
だからこそ、今のうちに、生きてるうちに、歩けるうちに、いっぱい遊ばないけんですたい。
そういうわけで、昨日は歩いた。牧場の中を曲がりながら流れる小さな川。歳をひとつとっても足取りは軽い。NZでの独身生活のお陰で、かなり体重が減ったからだ。なにせ、一人だと食事を作るのが面倒で、毎日手抜き。20年くらい前の体型になりつつある。そう、明日のジョーのような・・・・「ジョー!」オシッコちびってんじゃねぇジョー。
足取りが軽い理由はもうひとつ。靴である。フェルト交換の接着剤硬化のあいだ、間に合わせに履いたスニーカー、これが良い。思ったほどは滑らない、とても軽い、それに何と言っても安い。2000円もしないホームセンターで買ったものがこんなに便利とは。色もデザインもゲーターを付けるとこれがなんともちゃんとしたウェーディングシューズに見える。以来、フェルトの靴が使えるようになってもこのスタイルで決まりである。
NZにお住まいの皆さん、ウェアハウスで売ってるブリティッシュってブランドのハイキング用っぽいデザインのヤツ。26cmの足ならサイズは10!これです。もうバカ高いウェーディングシューズは要りまへん。
さて、この前来たとき、何を投げても釣れなかったヤツに「この次まで待ってろ」と捨てぜりふをして帰ったのだが、ヤツが律儀にライズしながら待っていた。釣れるもんなら釣ってみぃっとでも言わんばかりに。
それではと、ワシも正々堂々とヤツを狙う。まずは夏の定番よろずやアント14番から・・・ダメである。次はM川定番ケンチャンジル・・これもダメ・・その他、いろいろ様々とフライを交換するが・・・食わない。こういうとき、ローカルフライマンは「ウィローグラブに違いない」と言う。しかし、誰もそのパターンで爆釣したことなどないのだ。言い訳は「動かないから」確かに木から落ちたその虫、わずかにだが尺取り虫のように動く。フライはそれ自体は、動かない。それが原因なら致命的である。
しかし、ワシ、かしこいから輪ゴムを小さく切ってフックにスレッドでとめただけのフライを持ってきた。シャンクに90°にゴムが付いていて、少し引っ張れば水圧で曲がるだろうという読みだ。
よいやせ、と投げる。・・・しかし、あららぁってな具合に大完敗。全然無視。少しくらい見てくれてもよさそうなものだが、その存在すら無いかのようである。
こんな時、日本では絶対によろずやアントで決着が付くのだ。言うなれば、ファイナルヒロポンである。ではどうしてこの国では見切るヤツがいるのか。ワシ、またまた賢いから考えた。この辺にはありんこの大きいのが居ないからじゃん。考えなくても分けるのだが、一応考えた、振りをした。そう、日本の山に居るアリはすんごく大きい。それと同時に小さいのも居る。だからサイズなどお構いなしにとりあえず食う。この国だって大きい甲虫が居るのでそれと間違って食うヤツは食う。しかし、これだけスレるとお手上げ。それじゃ見にくくて使いたくないけど小さいのを使おう。
うんこらせ、と投げると、なぁんだ釣れるじゃないですか。すんなりと食いました。マッチザアントだったのです。そういうわけで、突然ですが、よろずやアントの小さいバージョンは「ファイナルヒロポン」と銘々します。
NZ釣り史初、ウィローグラブにうち勝った、ワシとよろずやアントファイナルヒロポンは偉いです。
※その8は・・・砂ほこりの中のトラクターはかっこえぇ。(2/4)
近くのピーター、「フェスティバルがあるから行こう」っと誘いに来た。いい天気なのに釣りに行きたいなぁっと内心思ったが、まぁいつも世話にもなっていることだし、「いいよ、おもしろそうだね」と出かけた。
それは20分ほど走った隣の村。広場に近づくと、たくさんの出店やら車やらなんだか巨大な機械やらが見える。大勢の人だかりも。この一帯はぽつんぽつんとある小さな村の他、周りは牧場だけの筈なのに、一体どこにこんなに大勢の人が住んでいたのかと驚かされるほどの賑わいだ。日焼けした農家のオヤジやオニイチャンオネェチャンオッカァジッチャンバッチャンそれとこういう場所の定番、「やかましい!」っとビンタを食らわしたくなるような、ガキども。
まずは、入り口近くになんだか制服を着て入れ物をぶら下げたた3人。なにかの募金のようだが皆目検討が付かない。ピーターと一緒に行った友達はそれぞれ5ドルを出す。こうなると出さないわけにもいかなくなるわけで、訳が分からないままワシも5ドルの思わぬ出費。「まぁ250円だからいいか」と太っ腹になったよう気になるのはこの金額では足りないだろうけど、ちょっと腹を叩いてみたりした。
エンジンがゆっくりと回転してる。ハーレーのエンジンよりかなりスローに。で、そのエンジンは何をするかというとただ回っているだけ。何もしない。近づいてみるとこれが普通じゃぁない。蒸気エンジンである。安定した回転で回り続ける。傍らには「どうだ!」っと言わんばかりの自慢顔のオヤジ。こうやって実際に回る状態にしておく技術は相当な物で、修理する部品だって手作りのはず。しかし、そのオヤジの自慢顔にかかわらず、冷ややかに人々は前を通り過ぎる。どうしてみんな関心してあげないのかな?っと思いつつ先に進むと、遠くから巨大の見えたあの機械。これも蒸気エンジンの、トラクターというか自動車というかなんとも不思議な蒸気機関車の形をした地面を動く物体。これじゃ見物客が先ほどの回るだけのエンジンに驚かないのも無理はない。それも一台じゃない。ところ狭しといろいろな大きさや形のその物体が石炭の臭いをまき散らしながら動き回っている。大型トラックの大きさの大昔の脱穀機の動力としてその蒸気機関車が太いベルトで繋がれ、麦の脱穀を実践してみせる。大人数人がかりで麦藁を脱穀機の上に運んだり、麦で次々に一杯になる麻袋を紐で綴じたり運んだり、そりゃ大変なもので、まさに動く工場である。こんなデカイものを格納しておくスペースだけでも大変なものだろうに、きっと大農場主の道楽なのだろう。
クラッシックカーも、1900年くらいの頃のヤツがたくさん。ぴっかぴっかに修復されたもの、あるいはオリジナルのままのもの。マニアなら、涙流さずに居られりょか、である。
出店でキャンプ用バーナーを見つけた。前回買ったのはプリムスの昔のモデル。今回のはポルトガルでつくられた、そのパクリ製品のようだ。「HIPOLITO"No1」と刻印のある未使用品。真鍮が少し錆びている。長いこと店に並んでもののようだ。ちょっと高かったが5ドルまけさして、買う。こういうのは偽物でもつい欲しくなってしまうのだ。アホだから。「誰かこのバーナーについて何か知ってる人はあとで教えてね」と、どさくさ紛れに書いちゃうのも、アホだから勘弁してね。
バッグパイプの子供楽団がタータンチェックの衣装で決め、中央の広場で行進。歩調もピッタリ合っている。その後ろには何台ものクラッシックのトラクターが砂塵を巻き上げついて行く。エンジンの音と楽団の音、バッグパイプの単調ながらも迫力のある音と、うなりをあげるエンジン音が絡み合って素晴らしいサウンドとなる。演技者はこのサウンド効果を計算していたのか、あるいは期せずしてこうなったのかしるよしもないが、感動したのはワシだけではないようで、隣で見ていた老人の目はうっすらと潤んでいた。きっと、トラクターの軍団の中に、丘の彼方で大地と格闘する若き日の自分を見ていたのに違いない。
たった5ドルしか寄付出さなくて・・・・ごめんね。
※その9・・・大阪弁は万国共通?(2/15アップ)
高校生のころ、学友数人と銭湯に行った。石鹸だらけの頭を洗い流し、つむっていた目を開けるといつの間にか誰か隣りに座っている。そして、ジーッと下から上になめるようにして見てるのだった。「お、おっぱいがある!」・・男湯に入ってるその筋の人なのだった。照れながら「ど、どうも」っと言うと、そのオトコ女、人差し指を高校生の肩にあて、スーッと下に滑らして「すべすべやぁ〜ん」っとのたもうた。ゾゾゾっとする高校生。ますますニコニコする偽オンナ。これはいかんともしがたいとばかり、脱衣所に逃げだし、番台前の牛乳を他の学友と買おうとしてると、またもや内股で追いかけ走り寄るオンナもどき。「あかんやぁ〜ん、おにぃちゃんが買うてあげるぅ」っと、一人だけ牛乳を頂く。番台のオバチャン、ニヤニヤしながら「なぁ、このおにいちゃん、かわいぃもんなぁ」っとけしかける。大急ぎで牛乳を飲み干し、逃げるように銭湯を後にした高校生を、学友は「モテモテじゃん」と大いに冷やかすのであった。
っと、この話を日本語でやるのなら、まぁ演技派フライマンなら可能である。しかし、これを英語でやってのけたのが備前氏。大阪弁など英語で表現出来るわけなく、演技で何とかしようと熱演するもんだから、それはそれは、それだけで抱腹絶倒。全員転げんばかりの大笑いである。勿論、この話の高校生は若かかりしころの備前氏本人。人生で一番モテた話だそうである。
それ以来、ことあるごとに皆から肩をスーッと指でなぞられ、ブルブルっと身震いする備前氏。
NZに置いてけぼりの彼を、いまごろ誰が「すべすべやぁ〜ん」っとやってることか。本物にやられてやしないか、ちょと心配。
※その10は・・・かくしてジーザスは誕生しませり・・(3/6アップ)
高地の湖に行った。みんなで行った。セミの季節、彼らは風に吹かれて湖面に落ち、マスはそれを狙ってライズする。毛針を食うかどうかはマスが決めることであるが、だからといってただ毛針を浮かべて待ってるだけじゃ芸が無い。いろいろと技を出すのだ。
毛針を見切ったかどうか、素早く判断して別のライズに乗り換える人。
あるいは、川での釣りのように岸沿いを歩いて次々に投げ続ける人。
毛針をちょんちょんと動かして、生きてるゾーってやる人。
次ぎに来るライズは何処か、読めないライズを無理矢理読み。思いこみでキャストする人。
そして、ワシの場合はってぇと、基本通りのナチュラルドリフト。「え?湖でドリフトって何でっしゃろ」っとお思いの方はまだ若い。ワシ、若くないから悔しいなぁ・・・51だもの。
え〜・・・湖だって風が吹けば表面の水は風に押されて流れるわけで、「それに乗せて毛針を流すんじゃい!」・・若くないワシは悔しいので強い口調で言ってみた。
セミが水に落ちるのには、セミにはわるいけど、岸から沖に向かって風が吹けば良い。ちゅうことは岸から沖に水面も流れるわけだ。そこで、ナチュラルにドリフトさせるにはフリッピングしながら、ラインを繰り出す。どんどんどんどん繰り出す。セミ毛針はとっても見やすいので遠くまで流れていってもよく見える。どんどん沖にいく毛針とライン、ついにはフルライン、さらにバッキングが10メートルほど出たあたりになると、さすがに毛針は遠すぎて見定められなくなる。さて、また最初からやり直し。っとラインを手繰り始めたちょうどその時、後ろを通りかかったローカルフィッシャーの2人組、「ジーザス!!」っと驚きの声。何でっしゃろっと後ろを振り返ると、その1人、ワシのラインを指さして、目を丸くしているではないか。どうやらフルラインを遙かに越えた水面に浮かぶラインを、キャストされたものと勘違いをしたらしい。後ろの岸は斜面になっているので、とてもフルラインなど出るような場所ではないのだから、考えれば分かりそうなものだが、すっかり感動した様子の彼らの期待を裏切っては申し訳ない。ワシは「どうだ」とばかり、少し胸を張って見せたりしちゃったのであった。
そういうわけで、ワシ、その夜から「ジーザス齋藤」と呼ばれるようになったわけだが、後ろめたくて本名ではあまりに恥ずかしい、「せめてジーザスよろずや」にしてくんろとお願いする日々が続いているである。たのんますよ・・・ね?「齋藤ってバカだぜ」って言われるの、かっちょわりぃでしょ・・・ね?・・・かおりさんも・・・ね?ってば。
※その11は・・・おヒーって・・誰よ。(3/10)
川岸を上流へと歩いていると、羊が転んで起きられないでいる。本当である。寝ころんだまま首をひねって草を食ってる。ワシが近づくと逃げようとするが、起きられない。足をバタバタ必死で振り回しながら、顔はこっちをむいて、「来ないでぇ、怖いからぁ〜」ってな表情で、もう今にも泣きそうである。
実はこの種の羊の存在はひとから聞いて知っていたのであるが、まさかホントだなんて信じてなかったのだ。
つまり毛刈りのシーズンに逃げ回って刈られ損なった羊があまりに毛を増やしすぎてまん丸くなり、ひとたび転ぶと、足が上に浮いてしまって起きられなくなるのだ。
起こしてやりたいが、全力疾走をするようにバタバタする足に蹴られたら痛いなんてもんじゃ済みそうもない。ワシは嫌がらせのように1メートルほど脇をヘラヘラ笑いながら歩く。羊はそのワシの顔を目で追いながらも必死に暴れる。数メートル過ぎると、その必死の形相が心なしか恨めしそうな目になった。やはり助けて欲しいのかなぁっと思ったので、少し戻ると、また「こっち来るなー!」の顔。しょうがない、ワシは諦めて置いてけぼりにした。
数時間の釣りを終え、帰り道、同じ場所にヤツはまだ居た。ずーっと寝ころんだまま。またワシは迷った。助けるべきか・・・・。いや、やはりまた横を通り過ぎることにした。一応暴れたお陰で僅かに位置がずれた。新しい草が食える。とりあえず少しはヨカッタ。
この話、少し経ってからよろずやハウスにやってきた備前さんと矢野さんに教えると・・・・「もし、助けたらどうなってたんだろ」っと備前さん。
きっと、夜になると、綺麗な女のひとが、どうか泊めて下さいって来るんだな。
そして、ご恩返しにこの毛針を町に持って行って売って下さいって言うんだ。高い値でうれるんだなこれが。
どうやって作るんだ?って聞くと、作るところは覗かないでって言うな、きっと。
で、我慢しきれずに覗くわけだ。そうすると自分の毛をむしって毛針を作ってるのを見られて、覗かないでってあれほどお願いしたのに、もうここには居られません。
家を出ていくその女に、「行かんでくれー、おヒー!」って叫ぶんだな、ヒツジだから「おヒー」なんだ、これが。
てな具合の話で、よろずやハウスの夜は更けるのであった。う〜ぅ、いいのかなぁ、こんなんで。ワシ、シラフなのに。