左側にリンクフレームが表示されていない場合は、
一旦Homeに戻ってください
NZ記(2001・4月)※その10まで

行ってくるど・・パート3 (4/1アップロード)
NZ行きをココに書くようになってから 3度目の旅の始まりである。1回目はご存じDrホニャさん&ニョニョさんに連れられて、2度目は、知る人ぞ知る、元祖的NZ狂いの静岡の太田という人物と現地で合流という旅だった。それまで5年も休んでいたワシのNZ通い、おかげさまで最近はすっかり現役復帰である。
さて、今回はというと、またまた太田さんが一足先に行っている。これまたその筋では有名な賞金荒稼ぎのY野さんと一緒なのだが、このY野さん、「前回釣り残したブラウンが3匹ほど居るので」っと、半年も経たないのにまた出掛けてしまったのだ。やはりみんなと同じ本格的NZアホだ。彼が出掛ける直前、「ワシが着くまであまりスレさせないで」とお願いしたが、飲んべえの目の前に酒を置き「飲むな」と言ってるようなもの、今頃はどうなってるかは想像するに難くない。
突然話は違ってしまうが、これと似た世界がある。
かつてコブの中をぶっ飛んでいくスキーに長年熱中していたが、あのコブ、斜面に自分達が書くシュプールの繰り返しで出来上がるのである。滑れば滑るほど溝は深くなりコブは高くなる。そしてついには自分の足前では歯が立たないほどに斜面は巨大なコブの連続になるのだ。
流れる川面に竿を振ってもコブは出来ないけれど、サカナはどんどん賢くなる。さて、Y野さん、どの程度にしごいたブラウンをワシらに残してくれてるか、楽しみだけどどうなることやらチョトバカシ心配である。「Y野さ〜ん・・♪そっちのミ〜ズは苦〜いぞ〜♪」。

そういうわけで、またまたお客さんには迷惑かけてしまうけど・・「行ってくるどー!」・・なのである。
帰ってきたどー
※その1・・は、とりあえず、ワシの華麗なキャステング。かっちょえぇ〜! (アップロード 5/1)

※その2・・も華麗なキャステングの写真・・と思ったけど、ワシ、とても控えめな性格ゆえ今回は文字だけである。ん〜残念。(5/3)

 さて、今年はとてもキビシイと皆から注意を受けていた税関、いかにも真面目そうで端正な顔立ちのワシをみるや「ドウゾドウゾ」とノーチェックである。この日のためにウェーディングシューズ新調してきたのにとんだ肩すかしで、美しすぎるワシにはパスポートさえ要らないのではと思えるほどの好待遇だ。ムフ。
さて、到着ロビーにはレンタカー屋が待ってる筈だ・・が・・居ない。しばらく待つ・・が・・来ない。電話すると「あー!忘れてたぁ」だと。税関でのあの対応の良さはなんだったん?単なる勘違い?しかし、ワシらは怒らない。「ワシら」の「ら」は娘と一緒ということである。今回は約1ヶ月の予定なのでレンタカーの数十分の遅れくらいどうってことない。川に急ぐこともなく、その日は街に泊まりのんびりと、醤油、マヨネーズ、海苔、格安ハックル品質悪し、日本の味とチョト違うけどしゃーないかラーメン等々必需品を買い揃えたのだった。
ただ、残念なことがひとつ。昔、ワシが必ず泊まっていた安宿、つぶれていた。裏庭の長屋に住み込んでいたジッチャンバッチャンたちにまた会うのを楽しみにしてたのだが・・・どうなったんかなぁ、いつも書類ばかりいじってた元インテリジィサン・・会うたびに「イギリスに帰りたい」とぼやいてたバァチャン・・一回、安レストランに連れ出してメシおごったら手のひら返したように親切になったゲンキンジジィ・・「求職中なんだ」と言ってた若者は一年後行った時もやはり仕事してなかったっけ・・数年の間に安宿を取り巻くひとつの社会が消えていた。
周辺の通りを2〜3度グルグルと回り、新しい宿に入るがそこはやはり普通の宿。普通の旅人が何人か泊まってる気配がするだけで何も楽しそうなことが起きそうもないただの普通の宿。「もチョット安くなんない?」と聞いても「なりません」っとなんとも味気ない言葉しか返ってこない普通の宿なのであった。一泊目、つまんな〜い。
※その3・・は、1号線もつまん〜い(5/10)

さて、ブラウンだらけの川をめがけて出ゅー陣ーん。一号線を南極方向にずーっと走る。この道路、地図には「SH1」と書いてある。その昔、この「SH」の意味が分からず、モーターキャンプのキャビンの中で一晩中考えた。スゴイH?スグハシレル?スーパー浜田屋・・・?。結局結論が出ず、翌日地元の人らしいキャンパーに聞いた。「あの〜、つかぬ事を聞きますが、このSHって何でっしゃろ」・・・「ん?あ!こいづ?こいづはすたいとはいうえーっつごどだべ」・・「え?すたい・・・と?」・・「すたいとだってば、分がんねの?あんだ、すたいと!」・・「す?た?い?と?オラ分がんね、何だべそいづ」・・「あのなぁ、そいなごど分かんねったって、車、走っから気にすんでねぇ」「どしても気になっか?んで、も少す教えっけっと、アメリカのUSAのSって何だ?」・・「ステイトだべ?」・・「うん、すたいとだよ」・・「な〜んだ、ステイトか、なら最初からステイトっておせ〜なさいよ」・・「んだがらオラ最初っからすたいとって言ってっぺよ」。
と、いうわけなのだが、どうしてこのSHについてゴチャゴチャと書いたかというと、実はこの国道、書きたくなるような見所が殆ど無いのである。しょうがないから「オラ、無理してネタ思い出したべよ」。
そのつまらない道の唯一のハイライト、少しの間、海が見える。長〜い砂浜の海岸である。運転しながら横目で見るとアドレナリンがチリチリとざわめき起こった。素晴らしい波が次々と寄せているのだ。ところが、波乗りをやってるヤツは誰も居ない。これが日本ならわんさか人だらけになり、浜には波乗り仲間だけに通じるポイント名が付いて、まる暴や焼きそば屋や競馬の予想屋、はたまた、どさくさまぎれに遊漁券売りなども集まってくるにちがいない。「券、持ってっか?」「ん?誰が買うか、バカタレめが」「サカナ放してんだぞ」「余計なことすんでねぇアホ」「漁業権ってのが有んの」「オメェらの誰が漁業してるってか、スカタン」てな具合になるのである・・なんないか。
てなことを言ってるうちにその素晴らしい数キロの波乗りポイントが過ぎ、またまた平凡な景色に突入だ。羊と牛、たまに馬。豹やライオンはけっして居ない。キリンは3頭ほど居た・・・・ウソ。ラクダは居た・・・これもウソ。「ウソでもいいからもう少し何か欲しいなぁ」と思うほどのスタイトハイウェー、途中、所々にある街の中は大体50キロ制限、その他は時速100キロ制限だ。娘が二人分買ってしまった大量のフィッシュ&チップを延々食いながら7時間走るとやっと懐かしい村が・・・・去年も10日ほど泊まった農家の離れはもうすぐだ。
※その4・・・は、やっと家に着いたぞ。なのだ(5/15)

国道から外れ、去年、釣りや食料買い出しにと何度も走った勝手知ったる裏道に入る。懐かしい気持ちで「もうすぐだぞ」と娘に言うと、「アレ・・?」。まったく記憶というものはアテになんないもので、すでにそのときは目的の農家を通り過ぎていた。「オッちゃん、ダイジョウビ?」と不信感いっぱいの娘。「今度はダイジョビ、へへへ」と照れ笑いしながら今来た道をとって返したのであった。家に着き「誰モ居マヘンカ〜!?」っと大声を出しても返事無し。娘は「ホントにココ?」とまだ信用しない。「ココなのだ!」っと言えばいうほど「ホントかぁ??」っと。素直でないのはワシ譲りなのでなんとも怒るに怒れない。そんなこんなのヘリクツ合戦は、約一時間後、奥さんが帰ってきて「久ぶりねぇ」の言葉が聞けるまで続くのであった。
一週間くらい前に着いてる筈の、「太田さんとY野さんは?」っと聞くと、なんと「Y野さん、お父さんが急病で急に今日帰国したばかり」とのこと。凄腕賞金稼ぎバスプロY野さんとブラウンを、と楽しみにしてたのだがそういう事情では残念だが致し方ない。今年もまたまたすごくウルサイ太田さんととってもウルサイ釣りになってしまうのである。
さて、その太田さん、しばらくすると帰ってきた。なにやら礼儀正しい若者と一緒だ。「山口といいます。よろしくお願いします!」っと自衛隊員さんのような挨拶を頂いたのだが、ワシ、普段の怠惰な生活からとっさに規律正しい隊員さんには変身できない。いつものように「あ、どもども〜」っとなんともしまりのない返事は我ながらまったくアホのようで、地球防衛軍にも入れそうもない。
「今日は泊まって行けます」嬉しそうに言う山口さんはNZに住みついて3ヶ月、その前はずーっとアメリカだったそうで、こういうひとは地球防衛軍など簡単に入れるに違いない。「すごいぞ山口隊員!シュワッチ!」。
早速「メシ、メシ」と、チョット狭いキッチンにゾロゾロ入ると、早速ウルサイ太田さん、お約束どおり本領発揮。肉の焼き方のうんちくを娘相手におっ始めた。ミディアムを頼んでもレアしか出来ないとても不思議な太田風ステーキ列伝だ。実は、去年も書いたこのネタについて、太田さんから「間違ったことは書いてはイケナイ。ホントは素晴らしい焼き方だと書きなさい」っと念を押されたのだが、この手のことは書いたもん勝ち、たとえウソでも気にしちゃイケナイ。太田さんだって今書いてる本にはワシのことを好き放題書くと言ってるのだから、おあいこである。
さて、肉焼き講釈を聞いていた娘、「それじゃ太田さんに、焼く係り、お願いしま〜す」っと嬉しそう。自分の係りとばかり思ってた仕事の一つを押しつけてしまったわけで、さすがよろずや手下、してやったり。「へぇ〜、そうなの〜、な〜るほど〜」っと褒めちぎりつつ、2本目のビールに手が伸びるのであった。
その5・・ワシの係りはご飯焚き(5/19)

うんちくもこねないし志願もしなかったのだが任命される。どうだ、これが実力というものだ。なんつっても科学的、なおかつ芸術的、はたまた神秘的とさえ思われるワシの飯炊きの腕は海外でも炸裂する。ときには硬過ぎ、あるいは柔らか過ぎ、またあるときには焦げ過ぎと色々と仕上がりにバリエーションがあるのだから素晴らしい。
もう一つのワシの係り。それは湯沸かし。初心者などに手を出してもらっては湯沸かし器さまに申し訳ない。さて、その素晴らしさ、説明しよう。
まずスイッチ。これが素晴らしい。ひもを引っ張ると、スイッチが入ったのか入らないのか、あやふやなままONである。微妙に小さくカチと音はするのだが、「これでいいの?」という不安を残す控えめさがとてもよろしい。違いの分かるオトコなら「う〜む渋い!」っと唸ること請け合いだ。
しかし、その前にもう一つ重要な作業がある。白いタンクの中に水を入れる。コレは蛇口をひねれば良いのだが軽くみてはイケナイ。この水勢の善し悪しが音色を決める。タンク上に付いた笛から「ひーっ」と「ほー」の二重音をホーミーのように鳴らせないと湯沸かしプロとは言えないのだ。さらにどこで水を止めるか、タンクの水量は後になってから重要な意味を持つ。電気が熱源のこの湯沸かし器、ここからが本領発揮で笛は湯が沸く時も音を出す。まず「ホ・・ホ・・ホ」っとかすかに鳴り始め「ホホホフフフヒヒヒピッピッピッピィー!!!」っとそれはそれは「どうだ凄いだろ!」っとでも言いたげで、近くに居る者に恐怖さえ抱かせるほどのけたたましさだ。ところが、それほどのパワーを見せつけた湯沸かし様、例のはっきりしないスイッチがかすかに「チッ」っと言ったかと思うと「ヒフホ〜ォ・・ォ」っとあっけなく静かになってしまうのだ。この人生のキビとも思えるような完璧なエンディングを演出できるかどうか、これはすべて前述のタンク内の水量で決まる。すべては水道のコックを操るワシの指先一つにかかっているのだ・・・すばらしい。
てなわけで、「飲んだ、食った、さて・・」っと部屋にもどり、毛針を巻く者、もっと飲む者、シャワーに行ってくる者、娘はFの雑誌を読んでいる。すると突然「え、ココに書いてある山口君っていうのは山口さんのこと?」・・「どれですか?・・・あぁそれ?そうですボクのことです」・・すると娘、「本に出てくる人が目の前にいる」っと大喜び。よろずや手下はミーハーなのである。となりで肉焼き係長の太田さん「オレなんか本を殆どまるごと書いてんだけど」っとでも言いたげにバイスから放した目線はかすかに宙をさまよった・・・ような気がしたなぁ。いや・・それとも宙の中に明日のハッチを想像し、見つめていたのかも知れない。さぁ、ワシらもいよいよ明日から釣りに行くぞ。
その6・・・は、毛針はどんなん?(5/23)
よろずや手下、手下のくせに、ワシと同じペースでブラウンを掛けている。どうも去年活躍したワシの毛針、食いが悪いのだ。手下の毛針は太田さんが今年のハッチに合わせて作った「こーちゃんダン」である。
その毛針、Y野さんが居る間に出来上がったパターンで、太田さんを「こーちゃん」と呼んでいるY野さんの命名。しかしこの名前、本人は気に入らなそうだったので、「いいよ、格好いいよ」っというと「そうかい?」と、すぐその気になっちゃった。それが証拠に、ワシも今年バージョンの毛針を作り、名前を「ケンちゃんダンって付けよう」っと言うと「ダメだよ!似たの付けちゃ!」っと怒るのである。完全にこーちゃんダンの名前に誇りを持っちゃった様子。あげくに、「あんたのはケンちゃん汁にしなさい!」と、まるで「こっちに来るな」とでも言いたげな見幕である。
そういうわけで、とても美味そうな「ケンちゃん汁」ありがたく拝命させて頂いた。
当然、川で「ナニ使ッテルノ?」と聞かれると「ケェーンチャンジィール」と胸を張って応える。けげんな顔をする人、さも分かったように「オーイェ〜」なんていうアホ、ガイドのデイビッドに川で会ったときはとても複雑な顔をした。名前の意味を説明するとなおさら複雑になった。笑っていいのか、あるいは自分がからかわれているのか、と、どうにも判断が付きかねるようすに、冗談も過ぎると相手に迷惑がかかるなぁと少し反省させられるのであった。
こうなると、ワシの毛針だけにこのように悲運の人生を歩ませるわけにはいかない。なんとかしなければと考えていた折りも折り、こーちゃんダンの発展型が作られた。渡りに船、クリスマスには凧上げてぇ〜、飛んで火に入るこーちゃんダ〜ン、である。
オリジナルはとても見にくいのだが、ワシの遺伝子を受け継いだせいであまり目が良くない手下のために改良バージョンを作ってくれたのだ。
逆光用の真っ黒インジケーターのヤツには「キャビア」と高級な名前がつけられた。
順光用の黄色いヤツには「ウニ」とこれも高級食材だ。
しかし、これがすっぽ抜けたり見切られたりすると「海苔」と「卵焼き」にそれぞれ改名される。安い食材に格下げなのだ。
さて、この素晴らしい発想の名前を誰に発表しようかと手ぐすね引いて待ってると、来ました日本人二人。太田さんを頼ってやって来たのだ。早速「これでどうだ」と言わんばかりにぶちかますと関心するでもなし、笑うでもなし、か〜るく聞き流されてしまった。こういうシャレは湯沸かし様しか理解できない。ワシは一緒に「ホ〜ォヒ〜ィ!」っと精一杯ハモってやったが、沸かし終えた時のあの音色でなおさら寂しくさせられるのであった。
その7は・・・グリーンハットの前はイカシた場所だぞ。(5/28アップ)

日本人2人組、名前を「飲み過ぎ浦さん」と「バコンさん」という・・・っちゅうか、そういう名前に・・しちゃった。
NZのビールはとてもウマイのだけれど、なにもそこまでハイペースで飲まなくてもいいんじゃないの?飲み杉浦さん。Bacon cheeseはベーコンチーズって読むんですよバコンさん。彼が読み間違えたときにゃ、太田さん、もう鬼の首でも取ったように隣の部屋からすっ飛んで来て「ねぇねぇねえ!バコンチーズって食ったことある?ねぇねぇ!」っとそりゃもう大変であった。太田さんに聞かれたのが運の尽き、彼はこうことは周りの全員に告げ口してしまう。まぁワシの場合、日本全国にバラしちゃのだからもっと悪いのだけれど。
バコンさん、過激な花粉症である。花粉の種類が違うNZに来たら治るかもとかなり期待していたが、結果的に治らず。
飲み過ぎ浦さんは「私、体弱いんですよ」っと。でも、そんなに飲んだら健康になれません。

釣り人が建てたと思われる緑の小屋の前にある広〜いポイントに一緒に行った。流れ込みから対岸沿いに一本太い筋が流れ出しまで続き、腰下まで水に入ると、ライズを繰り返すその筋まで飛ばせる。一匹釣り、少し下り、あるいは上って別のライズを狙う。そうして一日中、上ったり下ったり。まるでモグラたたきである。
ポイントのほぼ一番下でシビアなヤツを狙っていると、足下に白い糸が延びてきた。おや?っと思い、周りをみても誰も居ない。遙か彼方の一番上にスギウラさんが小さく見える。その他はもっと上流のポイントに行ってしまっていた。ではこの白い糸の端っこはどこにつながっているのか、てっきりその糸を手でたぐってみようかと思ったが、まさかと思いながらもスギさんをよ〜く観察すると、そのまさか、こっちを向いたまま竿を立ているではないか。よくもまぁこんな長いバッキングを巻いてたもんである。もうここまで走られるとサカナの重さよりラインにかかる水の重さの方が大きい。リールを巻こうにも巻けない。それでもなんとか下っては巻き、巻いては下り、やっと取り込んだのは一番下流。5ポンドくらいのヤツだったが、ここのポイントの鱒は元気がいいのだ。掛けた瞬間下流に向かってピューッっと走る。ラインを放す手が間に合わないとハイそれま〜で〜よ。重い流れが鱒の重さに拍車をかける。緑色の小屋まで建てた人の気持ちがよく理解できるとっても面白い場所である。勿論、バコン飲み過ぎの2人にとってもこの日が最良のものとなった。
※その8・・・年金生活者のポイントもイカシてんのでっけど。(6/3アップ)

誰もが好きなライズの釣り。しかし、難しすぎるとなると少しばかり趣が異なってくる。言うなれば、親のかたき、胃潰瘍促進剤、はたまた、痒いところに手が届かないぞこのヤロ、てな場所となると、楽しい釣りというよりまるで修行のようである。ここ「年金生活者のポイント」と呼ばれるところもそうである。
サカナは全面に居る。シャローにも筋の中にも対岸のバンク下にも、居ない場所は無い。そして、その時は突然やってくる。今年の場合、2時頃、その時がやってくるのだ。よろずや手下いわく・・・「イルカみたい」・・・そう走るボートの脇ギリギリで背中をボコンボコンと水面に出して泳ぐ何匹ものイルカのようなライズがハッチと共に始まるのである。
一団がイルカのようにライズしながら少しづつ前に前に競って進む。その中の一匹が突然クルリと元の場所まで戻ると全員がグルリングルリンとライズしながら戻り、またライズライズを繰り返して競り上る。それはその一団だけではなく、あちこちで何組かの群がイルカライズを繰り返すのだ。
当然、夢中になってキャストする。なんとかして食わせようと手を変え品を変え、投げる投げる。しかし、ライズだらけに関わらず2桁を越えるのは至難のわざで、殆どのひとはボウズか数匹どまり。そんな狂乱的ライズの中では「じっとデカイのを見定め、ねらいを定めてキャストする」なんて冷静な釣り人は居ない。みんな夢中で振りまくる。どんな上級者も悟りのひらけない修行僧だ。
その日もワシらは散発ライズを狙いながら本格的ライズを待っていた。すると背の高いじいさんがやって来てワシの側に入った。まもなく2時。じいさんアレよアレよという間に3匹掛け、「アダムスだよ」と自慢げに言い、「一番最初にここで鱒を釣ったのは75年前だ」と話し始めた。「80才」というから5つの時ということになる。彼の後ろの水面ではどんどんライズは多くなるが、話は止まらない。「昔、私の爺さんはこの辺りの親分だった」「ずーっと向こうのモニュメントみえるだろ?あそこからずーっとあっちまでウチの農場だったんだ」という具合に話しっぱなし。そして言いたいことをすべて言うと、「ほんじゃま」っと立ち去った。さて、やっと解放されたワシらなのだが・・・・「やれやれ」と苦笑いをしながら長い話の最中にすっかりライズの終わってしまった「年金生活者のポイント」を後にせざるを得なかったのだ。
その9・・・アイスでよかった。 (6/15アップ)

「クーラーボックスにビールを入れてピクニックのように川岸の大石の上に腰掛けゴクゴクってぇのはいいだろな」とばかり出発前に冷蔵庫に手をのばすと「何やってんだよ!去年は毎日持って行ったくせにろくに飲まなかったろよ!」と太田さん。そうであった。ついつい竿を振り始めると飲むのを忘れ、重いままのボックスをぶら下げて帰っていたのだ。しかし、たとえ飲まなくとも川岸にビールが置いてあるだけでも嬉しいものだが、酒を飲まない太田さんに飲んべえの気持ちが分かるわけもなく、ワシは「ハイハイそうでした」と今年はうるさい太田さんがターボ域に突入する前に諦めることにした。
しかしその反動で、家に帰り、車のドアを閉めるのと冷蔵庫のドアを開けるのがほぼ同時。ワシの「ップハァ〜」っという飲後爆裂音声につられ太田さんも少しばかし付き合ってくれるのだがさすが静岡県人、ビールまでお茶のように飲むのでとても美味しそうには見えない。
ワシは飲むたびに「ンガァー」「ッカァー」「ッタァー」っと擬音を発し、挑発するが乗ってこない。せめて「フニュ〜」くらいは言って欲しいなぁっと思っていると、「焼けました〜!」っとチビチビと飲みながらもジュージューとやっていたステーキの出来上がり。そうなるともう食うしかない。風船がしぼむようにビール飲み一回戦はオシマイである。二回戦目は勿論風呂上がりであるが、それまでは手持ちぶさた。ところが太田さん、メシを食い終わるとよろずや手下に「さて、そろそろいきますか」っと。・・・手下、「そうしましょう」っと。そそくさと冷凍庫からホーキーポーキーを持って来てニコニコと蓋を開ける。すると「アーッ!!」っと大声、「なんてこった!」っと太田さん。笑う手下。
ホーキーポーキーは彼らのお気に入りのアイスクリーム。キッチンの小さい冷凍庫には入らない大きなパック入りなのでガレージのドデカイ冷凍庫に保管し、夕食後に毎晩少しずつ食っていたのだ。それがどうやら農家のいたずら盛りの子供達に見つかったらしい。わずかに底に残ったアイスクリームにはクッキリと5本の小さな指の痕。子供のやることゆえ、怒るに怒れない。へなへなと肩を落とす太田さんと笑いっぱなしの手下なのであった。
子供達がビールに手を出すような歳でなくてよかったなぁ。
※その10・・・カゲロウ荘の夜は更ける(6/27アップ)

ワシらが泊まっていた農家の離れ、なんと途中でダブルブッキングである。いつもはダンナが仕切っているその離れ、奥さんが自分の知り合いを泊める約束をしてしまっていたらしい。
申し訳なさそうに「悪ぃだけんど、1週間ばかし別んとこに避難してくんねぇだか?」っとダンナ。ワシらにおちどはないのであるが、底抜けにお人好しのこのダンナに頼まれりゃイヤとは言えない、車で10分ほどの家に引っ越しということになった。
今度の家はその前の道を挟んで大家が住んでいる。昔は国語の先生をしていたそうで、この辺ではかなり有名なうるさがたジイサン。釣りの世界でもかなりの発言力をもっているらしく、「今回も会議に行く」っと張り切っていた。なんでも「牧場で牛を飼うところが増え、その糞尿で川が汚れるので規制しようとしてるんだ」とのこと・・・ジイサン、ガンバっているのである。
家のキーを持ってワシらを中に案内しようと庭に入る。すると玄関前で突然止まり、何をするかと思えば側に咲いていたバラの花を一輪つまみ、唯一のオナゴである手下に差し出した。もうヨボヨボのジジイのくせにキザなことするなぁと、ワシらは顔を見合わせ、苦笑い。
入り口の上には「カゲロウ荘」とかかれたプレート、・・・イカシしている。
イカシているけど、その周りにはクモの巣。玄関の天井は剥がれている。「さぁドウゾ」と招き入れられたその中は、ちぎり絵状態の壁紙、波打った床、「カゲロウ荘かい?コレが」・・・である。
のちに、「この辺じゃ銀蠅荘って呼ばれてんだよ」っと聞かされ、「さもあらん」と全員納得。
しかし、良いことがひとつ。部屋の真ん中に周りをガラスで覆われた小さな暖炉があるのだ。勿論、これは自動的にワシの係り。釣りから帰ると猫のようにその前に陣取り、家庭内キャンプファイアとしゃれこむのだ。保温性の悪い家なのでいくら焚いても暖かくはならないのだが、炎を見てるだけでなぜか気持だけは暖まり、つい「♪燃えろよ燃えろ〜よ〜、ど〜こま〜で〜も〜♪」と怖い歌を唄ってしまうのである。他の人はどうかというと、太田さんは電気ファンヒータ、手下は電熱管ヒータ、飲みスギウラさんはアルコールにそれぞれ救いを求めている。バコンさんだけ逃げ場が無いまま、花粉症のせいか風邪をひいたか分からないけど鼻がぐずぐず。カゲロウ荘の生活は虚弱体質には辛そうだ。
隣の家にはオネェチャンが住んでいた。こういうことは太田さんがいち早く気づく。「オイオイ、隣りにかわいい娘が住んでるよ」とウキウキ。こうなると太田さん、物音がするたび気になってしょうがない。車のドアが鳴ると窓から覗き、足音がすると用もないのに玄関前に出ていく。そうこうしてるうちに「なんだよ、オネェチャン一人だと思ったら、オトコが居るよ。な〜んだ、そいじゃ、や〜めた」だと。それを聞いていた手下、「え?や〜めた、って何をやめたの?やめないときはどうするつもりだったの?」っと鬼の首でも取ったように攻めまくる。「え?なにその・・・え〜っと・・たださぁ・・その、ちょっとさぁ」っとしどろもどろで、踏んだり蹴ったりの太田さん。
「さて、毛針でも巻くか」っと話をそらしつつ、カゲロウ荘のサブ〜イ生活に戻るのであった。