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コスモがやって来た(02/8/27アップ)
「よろずや」の閉店時間になり「閉めますよぉー、いいですかぁー、早く来ないと閉めちゃいますよぉー」と、オッカァはコスモが言った口調を真似ながらシャッターを下ろす。「よろずや」はワシのオッカァがやっている昔ながらの「何でも屋」、今風にいうとコンビニだ。
物真似の主、コスモが去って二ヶ月も経とうとしている。たった四日しか居なかったのに、いまだにオッカァの頭の中に滞在したままの快活な子、コスモ。まるで台風のようにやってきて我が家を爆笑の渦にし、アッという間に去っていった。
お父さんのデイブは「Fly fishing & Tying Journal」の編集長。自身で書いた本も数多く出している、世界的に知られている人物だ。お母さんの谷昌子さんは、ここで書かずとも長年人気の執筆活動は皆さんご存じの通り。
オレゴンに住むその三人が来日し、少しの間だけ我が家に泊まることになった。
さて、若干問題がある。「釣りも出来れば・・・」という彼らの希望に、実はこれといって良い川が思い付かない。ここ東北の宮城県北部とその周辺には以前のような「百匹釣れる川」はもう無いのである。その上、ワシ、ずるいことにそのような川に見切りをつけ、今ではニュージーランドのマタウラがホームグラウンド。むこうがオフになると日本に帰りマジメに竹竿作りのお仕事。ゆえに、こっちではまだほんの数回しか川に行っていない。自分の足での最新状況は殆ど把握していないに等しいのだ。
しかし、だからといって「釣りはやめましょう」とは言えない。わざわざやってくる彼らに出来るだけ楽しんでもらいたい。
ウームと腕組みし、「あそこなら何とかなるかな」と思われる沢に行った。期待はやはりあっさり裏切られ、サイズも数も大したことはなかった。しかし、よいことに彼らはそれでも喜んでくれた。すでに、というか、当然と言うべきか、彼らは釣果云々の世界を通り抜けてしまった人達だったからだ。
「サカナは別にいいんです。デイブに日本の渓流を見てほしいだけだから」と谷さん。
沢をゆったりとした歩調で歩くデイブは見ていてとてもすがすがしく、いい気分にさせられた。心の余裕がそのまま釣りにも現れているようだった。「もう一生分、釣るだけ釣ったって感じだね」と谷さんに言うと、「そうなのよ」とサラリとのたもうた。普通なら嫌みにしか聞こえないだろうその返事は、デイブを見ているとまったく素直にスッと心に入るのだった。
竿を振る腕は右手左手どちらでもお構いなし。左岸に立つときは左手を使うことが多いようだったが、それは厳密なものではなく、気の向くまま好きなように使っているだけという感じで、どちらの腕も同じように動き、竿はまったく自然にしなって、毛針が飛んだ。
楽しみ方もよく心得ていて。キャステングの面白さをも考え、少し離れたところに立つポジションを決めているようだった。それでも、渓の中を優雅に舞う彼のラインは水面に落ちたとき、その後のドラグ回避の為に実に有効な形に浮いているのだった。
そのような腕前をもちながら、川に入るとき、「どの毛針がいいかなぁ」っと自分の毛針箱を開け、聞くのであった。毛針の本をも何冊も出版しているデイブの箱の中身は、素晴らしく丁寧に巻かれたものがきれいに並んでいた。毛針を選ぶことなど聞かずとも判断出来る筈の腕なのに、ワシの顔を立ててやろうという心配りなのだろう。しかし、ワシはあえてその中から選ばず、真夏以外ならよく釣れる自分のパラシュートを勧めた。毛針箱に有効なのが無いと言われたに等しいこの行為を彼はイヤな顔ひとつせず「ありがとう」と受け取り、ティペットに結んでくれるのであった。勿論、彼の箱にも良さそうなのがいくつも有った。しかし、日本では普通の日陰が多くあるその沢で使うには少し見にくそうだったので、明るいインジケーターのパラシュートを勧めたのだ。
予想通りその毛針はサカナが居れば効果を発揮した。一見して何の変哲も無いその毛針を、谷さんもデイブもいたく気に入ってくれたようで、家に帰ってから同じものを巻いた。そしてそれには「よろずやスペシャル」だったか「さいとうスペシャル」だかの、照れてしまうような名前が付き、次の日も各自の箱に三個ずつ入った。後に、デイブはオレゴンに帰ってからもそれを巻いて使い、「こっちの川でもよく効いたよ」と報告してくれたのだった。
彼はけっして、知識をひけらかしたり、腕を自慢したりはしなかった。毛針の自慢、キャスティングの自慢、道具自慢、釣果自慢、みんな自分がいかに優れているかを主張する。釣り雑誌の有名人の中にさえ、一緒に居る人の都合などお構いなしで我先にサカナをあさり、そうやって釣った話を「どうだ」とばかり自慢する輩がいる。
昔、夢中になったスキーの時代を思い出した。テクに対して偏った考え方、強すぎる自己主張、初心者を小馬鹿にしたような態度、そういうのが指導員やプロショップの店員にわんさか居た。
しかし、ある時、たまたま話す機会を得た当時日本でトップのデモンストレーターは、デイブのように控えめに、そして物静かに話した。素性を知らなければ、ごく普通のニコニコしてるおにいちゃんにしか見えない。そして、滑りを見た。指導員達が屁のように感じられた。
久しぶりにひとつの世界をきわめた人と知り合いになれた。自分もいつの日にか、そのような境地までたどり着けるだろうか。まだまだそこまでにはほど遠い。もう五十歳をとうに過ぎたのに、いまだに気が付くと自慢話をしている自分が居て、「あ、また青っちいことを言ってる」と反省させられる。恥ずかしいと思う。
そんな不思議な世界に今のところ毒されてないコスモは、ワシらが釣りをしてる間、川でよろずや手下(ワシの娘)と遊んだり、オッカァと一緒に店番をしていた。
手下が何かの折りに「カッチョイー」と言ったらしい。すると「何?それ」とコスモ。手下、苦し紛れに「格好いいよりもっとカッコイイこと!」。「じゃあ、デッカイよりもっと大っきいのは・・・デッチョイー?」・・・どうです?この機転の効く子供。六歳でっせ親分。お母さんの才能の原点を見つけたり!
オッカァが店の前の駐車場で縄跳びをやらせたという。「出来なーい」。隣の家のコスモより少し歳のいった子供にお手本を見せてもらう。それ以後、何度も何度も、ついに飛べるようになるまで一人で頑張ったそうだ。後でそれを聞いて、ひとつ楽しみを思い付いた。
彼らが発つ日、「オレゴンにもおいで」と誘ってくれた。「それより、マタウラに泊まりにきてよ」とワシも言った。さて、次に再会するのはアメリカ、NZ、どっちになるか分からない。しかし、コスモも、すぐロッドを振れる年齢になる。もし、また会えたら、デイブを差し置いてキャスティングを教えてしまおう。少女が振る竿からよろずや仕込みのループがオレゴンの森の中かNZの緑の牧場を流れる川で舞う。想像しただけでワクワクしてしまう。
さて、どんな光景になるのか、その時がいつの日にか来ることを楽しみに、このお話は・・「おしまいですぅー。いいですかぁー、しめちゃいますよぉー」・・なのである。