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'06のNZ記
※その1・・・正月だからめでたいのだ(06/1/16アップ)
オッカァと二人、それぞれデイパックを背負い駅に向かった。2006年の最初の日。「元旦からそう人は動いてないだろうから、新幹線はがら空きに違いない」と高をくくっていたのだが、車内は結構の混みようでオッカァとワシは離ればなれの席になった。さてここでワシとしては、「隣にはきれいなおネェちゃんが座っていた」てなことを書きたいところであるが、あに図らんや、きたないとまでは言わないが、まぁその、いわゆるオバハンであった。正月早々縁起が悪い。そのオバハン、次の駅に着くと「奥さんの隣が空いたようですよ」などとお節介をやく。そう言われりゃオッカァの脇に行くしかない。もっと縁起が悪いのだ。オバハンがよそに移ってくれて替わりにきれいで優しい声が「ここ、空いてますぅ?」な〜んてうまい話にゃ決してならないのであった。
上野駅で降り、設計ミスとしか言えないようないつも上から下に向かって寒風吹きすさぶ長いエスカレータを「ひぇ〜」と身を縮めて降り、こんどはいつも焼きたてのパンの香りのする店の前を通り京成線に乗る。乗客の表情はどれもつまらなそーな顔をして、ニコニコ顔などどこにも無い。縁起悪いどころか、不気味でさえある。そんなにつまらないのなら都会になんか住まなけりゃ良いものを、と、田舎の人間はどうにも思ってしまうのである。
一時間ほど我慢して座っていると、「ナリタァダイニクゥーコォービル」と節を付けたアナウンスが流れ、ワシらは降り立つ。送迎バスでホテルに向かい、今夜はそこでお泊まりなのだ。しかし、ここまで来るとさすがに縁起悪そうな顔は居なくなった。ホテルにはゴルフバックを抱えたやる気満々のオヤジどもや、気分だけは華やいだちょっと無理のあるアウトドア風いでたちのジジババグループ、今時珍しい子沢山のファミリーなどなど、どれも「外国に行くんだもーん」っという雰囲気を体全体から発散して、賑やかなであった。
ホテル内のレストランで天ぷらの夕飯をビールを飲みながら食い、部屋に戻って今度は途中の駅で買ったワンカップを飲む。テレビではフーテンの寅さんが「さくらぁ、お兄ちゃんはなぁ」っとやっている。まったく正月らしく、めでたい。オッカァはベットに横になるなり寝息を立てている。3秒で寝られる特技を持つオッカァは疲れ知らずで長旅もへっちゃらだ。うらやましい。ワシはなかなか寝付けず結局寅さんを最後まで見届ける。ワンカップ2個では足りなかった。
朝、また送迎バスに乗り空港に行く。1月2日だ。こんな日に出国するひとはさすがに少ないようで、列に並ぶこともなくチェックイン。窓の外のジャンボ機に「大っきいなぁ」と毎回のことながらつい言ってしまう。あんなデカイ物体が飛ぶのは信じられないのだが、現実に目の前で飛び立ち、ワシらもこれから遙か上空を飛ぶのだ。子供のころの生活を思い返すと、これはとんでもないことである。こんな気持ちは若い人には理解できないであろうが、なにせワシの田舎では子供のころ電話どころか水道さえ無い家が普通にあった。それがあれよあれよという間に、テレビや冷蔵庫、自家用車が普及したかと思えば、今やパソコンで世界の人とつながってしまったのだ。ワシらのくらい世の変化を見た世代はないであろう。飛行機を見ただけでも感激するのは致し方ないのである。
機内は退屈である。しかし、周りを観察していると、まぁそれなりに面白いこともあるのだ。まず、必ずあるのが、「ポーン」という音。これがひっきりなしに鳴る。最初のうちはスッチャさんが反応するのだが、そのうち「またか」という態度になり無視するようになる。誰かが自分の席のスッチャさん呼び出しボタンを間違えて押していることを気づかず、延々鳴らし続けているのである。持ち物の何かがボタンに当たっているのであろうが、自分がやっているとは気づいてないわけだから、止まるわけがない。誰か教えてやれよといつも思うのだが皆知らんぷりで、この問題に関しては、飛行機というものはいつもポーンポーンと鳴るものだと思い込んでしまうしかなさそうだ。
離着陸時は席の最初の状態に戻してお行儀よく座ってなければならない。つまり後ろに倒したリクライニングシートは前に戻し、テーブルなど広げたらそれも前に畳む。シートベルトもキチっと締める。そうしないと何度も見回って歩くスッチャさんにいちいち注意されるので、おとなしく従うしかない。そんなとき、通路を挟んだ左前には若者がひとり座っていた。チェックインの時に波乗り板を持っていたヤツだ。バリ島の観光案内ブックを食い入るように見ているので、バリの常連サーファーではなさそうだ。ガイドブックに夢中になっているので周りの動きに気づかず、クライニングもテーブルも倒したままだ。しかし、なぜか彼だけは注意されない。スッチャさんが見て見ぬ振りなのだ。他の乗客はもれなくチェックされ、全員無理矢理お行儀よく座っているというのに、どういうことだろう。
結局そのまま飛行機は飛び立ってしまった。安定飛行に移りシートベルト解除のサインが出たので早速ワシは身を前に乗り出しヤツの顔を覗いてみた。どうにも普通だし、むしろ気の弱そうな顔のおニイチャンであった。声を掛けるのもはばかられるような怖い顔なら「なるほど」と納得するのだが。ムムムとワシは唸った。しかしながらスッチャさんに「どうして?」と子供じみた質問をするのも恥ずかしい。頭の中は?マークでいっぱいになった。髪の毛ももしかすると?の形に捻れていたかもしれない。
間違い探しゲームのように他の客とヤツの違いを見比べること数分。一つだけ見つけた。頭が三分刈り程度の坊主だったのだ。絶対にこれに違いない。
「シンガポールエアーのみなさ〜ん、坊主頭でもヤクザじゃない日本人も居るんですよぉ〜」
※その2・・・だいたいやねぇ、だいたいなんねん(06/1/25アップ)
ポーンとゴーとオギャーが機内の三大騒音。まず、ポーンは慣れる・・・としよう。ゴ
ーはエンジン音だからこれを無くせと言っちゃうと墜落するしかないので我慢するしかない。しかしあのオギャーはどうにかならんもんでっしゃろか。かならず居るんですねぇどこかに、ずーっと泣いている赤ん坊。
これに付いては以前から不満があったので、この際だからガツンと言ってやろうと思う、「ガツン」。どうだ言ってやったぞ。ん?し、失礼。
だいたいやねぇ、一ブロックに入れとかんからあーゆーことになるんや。ファーストクラスは一カ所にまとめられとるやないか。赤ん坊だってオギャーストクラスゆうの作ったらええのや。どうせ泣いとるんやから始めから終わりまで全員泣かしとったらええんや。(だいたいやねぇ、このあたりは、無理矢理に髪の毛分けとって、いつもパイプくわえとるような政治評論家の口調で読んでほしいねん)
そんなんが出来へんのやったら、エコノミー席の一ブロックのなかにファーストクラスを一個ずつ入れてくれよ。エコノミーのみんなで一人をいたぶって居たたまれんようにしたるねん。だいたいやねぇ、ウン、だいたいやだいたいや。?
てなことを考えてるうちに、シンガポールに到着。NZ行きに乗り換えるのだが、待ち時間はたっぷりあるので腹が減る、ワシじゃなくてオッカァが。オッカァは燃費が悪いのだ。しかし、「寿司屋さんがあるぞ」と言うと「もし、あたって飛行機の中で腹が痛くなったらヤダから生ものはダメ」とか「なんだか美味そうなのないね」とかいろいろと文句が多い。
そんなこんなで行ったり来たりしているうち、ピタリと足が止まった。とあるショーケースの中にピザ発見!デブの定番食品、ピザったらピザなのでありやす。
「一切れはどんな大きさ?」と聞くと、これが結構大ちい。「一人で一個食えっか?」と聞くとオッカァめ、力強く「ウン!」。
ワシはビールとセットだと割引っ!ちゅうから当然ビールも。出されたタイガービールはきっちり冷えていたせいか、あるいは最近は美味くなったのか分からないけれど、結構イケた。ピザはワシにはちょっと大きすぎたが、残すとオッカァが食っちゃってますますデブるので、そうはさせじと無理矢理腹の中に押し込んだ。
NZ行きに乗る。そして、やはりここにもオギャーは居た。だいたいやねぇ、うるさいやねぇ、オギャー、ポーン、ゴーォ、それでもオッカァは寝る。食事以外の時間はカウントスリーで「グー」。これも騒音の一つに入れにゃなるまい。
さて、その四大騒音に耐えることしばし、ついに着きました、釣り師の天国NZです。アハアハ。
※その3・・・ジュウまで住むの(06/1/27アップ)
マタウラの家に着く。電気はまだ再開されてないので、その晩は家の中でキャンプもどきの生活になる。
そんなところにピーターが早速やってきた。再会を喜び合う。ピーターはこの日ガイドをしてたそうで、日本人夫婦のお客さんを連れていた。一緒に家の中に入ってきたその夫婦、ダンナさんは日本出発前にこっちのことについてウチの掲示板に質問を書き込んでくれていたひとだった。当然彼はワシのことを知っていたのだが、奥様はそんな事情を知らない様子。オッカァに向かって「ここに住んでるんですか?」と怪訝そうな顔で聞いた。庭の芝生はかなり伸びているし、夕飯はキャンピングバーナーで支度である。・・・(電気もつかないような家になんでまたこの人達は居るんだろう)と思ったのも無理はない。オッカァはそんな彼女の疑問が理解できないらしく、「そう、私はジュウまで」。奥さん、ますます不思議な顔になってしまった。オッカァは日にちの呼び方をイチとかロクとか幼児のように言うのが好きなのだ。(日本語がよく出来ないひとなんだわ。こっちで生まれたのかしら)とでも思われたか、ワシは面白いので、事情を説明せずにいた。そして、奥さん、そのまま不可解な表情で帰っていってしまった。ワシ、知〜らない。
今夜の灯りはイブニング用の小さいライトが一個だけ。早々に食事を切り上げて寝る。
次の日から掃除やら庭の手入れ、電気がつながれば冷蔵庫が使えるので、肉や野菜の買い出し、やることがいっぱいで忙しい。しばらくは釣りは無し。それにどうせ今はこのところの大雨でマタウラ川は大濁流。家の用事が終わるころには水も治まるだろいう。時間はたっぷりあるのだ。焦らず、のんびりやろう。
※その4・・・オッカァ帰る(06/1/31アップ)
電気がきて冷蔵庫も使えるようになった。日本ではとても手が出ない牛のヒレ肉が食える。こっちの国でもヒレは高級品だが、日本のと比べてしまうと屁みたいな値段。こっちのビール4本分と同じくらいだ。しかしビールは毎晩数本飲んでも平気なのにヒレ肉買うときは「ちょっと奮発」という気持ちになるのは何故だろう。どっちも同等に美味いのにビールさんに対して失礼である。次回からはビールも奮発したふりをして買ってあげよう。
というわけで冷蔵庫には生活の必需品ビールと白ワイン、肉や野菜やチーズ、その他もろもろが収まった。めでたい。
芝刈り、垣根の刈り込み、掃除洗濯をしてるうちに数日過ぎ、一段落した。しかしまだマタウラ川は水が引かない。着いてからもしょっちゅう雨が降っているもんから、引くわけがない。もうこうなりゃ持久戦である。遠征すればどうにでもなるのだが、これまで待ったわけだから、もう意地である。そうしてるうちにオッカァの帰る日がきた。その前日、国際空港のあるクライストチャーチまで約7時間のロングドライブして、佐藤さんちに泊めてもらう。高級住宅街にある豪華できれいな家だ。しかし、佐藤さん、ぎっくり腰であった。今宵は飲むぞとたくさんビールを持って行ったのだが、ぎっくり腰ではあまり飲めない。う〜む残念。そんなワシを見かねたか、奥さんのさちこさんが「じゃ私飲もうかな」。
というわけで、その晩、ワシは予定通りかなり酔っぱらい、めでたく床についたのであった。迷惑な客である。ゴメン。
翌日、佐藤さん夫妻やワシの、ひとりでちゃんと日本に着けるかなぁという心配顔を背にオッカァは出発ロビーに消えていった。一人だけで飛行機に乗るのはこれがまだ二度目なのだ。「ノー、イングリッシュ」オッカァの言える唯一の英語である。
さて、あとはもう釣りだけの生活。マタウラに向けまた7時間1号線をひた走った。
その5・・・晴れると腹が減るのだワン(06/2/9アップ)
マタウラに帰ると、まだ水が引かず茶色の川。空模様もよくないが、晴れ間をみて支流の魚を一匹釣り、とりあえず今シーズン始まりである。
しかし、それから2〜3日後、それまでの暗い雨空が真っ青になり夏が突然やって来た。それまではフリースを来て夕方などストーブまで炊いていたのに、一晩明けるとパンツいっちょである。
こうなると、さぁ本格的に出陣の準備だ。毛針はあぶった〜イカで良い〜ぃ♪と鼻歌を歌いつつ、チェルノを巻く。みんなはセミを巻くのだが、ワシの場合は毎年恒例のチェルノ。びよよ〜んと揺れるゴムの足がワシぁ好きだ。去年聞いてみたらブラウ君もニジ子さんも好きだと言っていたのでこれで良いのだ。
綺麗な水がザァザァと流れる上流の川をスニーカーでザブザブと対岸に行ったりきたりしながら歩き、魚を探す。見つけたらそれに向かって投げると襲いかかってくるブラウン。がっしりと合わせるてやると、グリップの中から竿は曲がり、リールが鳴る。3Xのティペットだ、不安はない。もうこれは釣りと言うよりハンティングである。まさに真夏のNZの醍醐味だ。
次の日も晴れ、そして次の日も晴れ、そのまた次の日も毎日毎日河原を歩きマスと引っ張りっこ。そんな日が10日も続いた。歩き疲れて、そろそろ勘弁してくれと思い始めたころ、やっと空に雲がかかり、少しお休みをいただいた。仕事よりハードな生活。嬉しいけど結構辛いのである。
しかし、天気が崩れたのはほんの2日。またまた出撃である。あっちの川こっちの支流。河原を風に吹かれながら歩く歩く。日本に居る間になまっていた足の筋肉もすっかりNZバージョンに復帰した。こうなるともう怖いもの知らずで、車まで帰るのに2時間も3時間もかかるところまで釣り上ってしまう。
腹が減る。いっぱい歩くとほんとに腹が減る。ワシはニッポンのサムライなので、サンドイッチごときではイケナイ。やはりライスのランチでアル。と、サムライのノリでカタカナを使うのだ。理由など別に無い!サムライだから何を書いても良いのである・・・?
さて、昼飯の定番はおにぎり。海苔は隣町のスーパーで買えた。しかし、具はマタウラに来る途中の大きな町で買ったオカカとふりかけだけ。梅干しは無かったのだ。
しかたがないので、あるものだけでしばらくはしのいだ。せめて塩ジャケがあれば良いのだが。サーモンはこの界隈では釣れないし、あったとしても時期もまだ早い。
サケ、サケ、サケ、う〜む、サケかぁ。ん?サケかぁ?サケ科ぁ〜だよなぁニジマスも。
よし、ニジマスで塩ジャケもどきを作ろう!・・・(次回につづく)
その6・・・晴れると腹が減るのだツー(06/2/11アップ)
さぁ、その食材を捕獲しに行く!
目指す漁場は山の上の湖。澄み切った水をたたるこの湖のマスは臭いも少なくきっと美味しいはずである。
マタウラから走ること約一時間。そこからさらに砂利道を40キロ弱。後ろに煙幕のように砂埃をモウモウと立ち上げ突っ走ると目指す湖に着く。湖岸沿いの砂利道を脇見運転しながらゆっくりと行くと膝くらいの深さの岸辺ぎりぎりを回遊しながらライズするマス。早速の獲物発見、ラッキーである。漁具をもって出漁である。今日は漁師なので、フライタックルなどとは言わないのだ。
毛針を投げる。が、食わない。ライズしているのにワシの毛針だけ食わない。水面に浮いている虫はなんだろかと見ると、グリーンビートル。日本にはこの手の色のビートルはたぶんいない。外側のセルの綺麗な緑といったら、宝石のようにきらきら反射する明るいメタリックグリーンなのだ。しかし、毛針箱の中にその色のは無い。せめて胴体の色に似た明るい茶色の毛針を投げるがなかなか食わない。こりゃ参ったな、漁民失格でなないか。
しょうがない、沈めるか、っと名刺にドライフライフィッシャーマンと書いているワシなのに、マドラーミノーを引っ張ってめでたく食材を手に入れた。
もちろん一匹で充分に間に合うので、そのあとは手を変え品を変えてドライで粘ってみた。すると2匹ほど釣れてしまい、食い物のために主義主張を簡単に曲げてしまったことを少し後悔したが、今日は漁師だから、ま、いっか。
家に帰り、サカナをさばく。さぁ、よろずや塩ニジのレシピ公開である。
サカナの鱗をしっかりと削ぎ取り、はらわたもきれいに取り除いたら、水分を拭き取って2枚におろす。
それを塩サケの切り身と同じくらいのサイズに切り分ける。10切れ出来た。
9切れは一個づつラップして冷凍庫へ。
残りのひとつに塩をたっぷり振りかける。さて、ここから肝心!皿の上に3枚クッキングペーパーを重ねて敷き、その上にサカナを乗せ、そのまま冷蔵庫に入れる。このとき、上にラップなど掛けてはイケナイのだ。じぇったい裸のまま冷蔵庫でなければイケナイ。何故なら、たっぷりと掛けた塩がサカナの水分を吸い、じわりじわりのクッキングペーパーにしみ込む。その水分が冷蔵庫内の乾いた空気で蒸発し、さらりと乾いた美味しそうな塩ニジになるというわけだ。
我ながらすばらしい作戦はまんまと大当たりし、皮の色を見なければ塩ジャケと同じである。
食ってみると、これまた塩ジャケと同じで、こんなに美味いものになるなんて我ながら信じられないくらいの出来であった。川魚特有の臭さは水分と一緒に溶け出てしまったに違いない。
冷凍庫のニジは食べたいときに一切れづつ取り出し、同じように仕込んで冷蔵庫に入れておくと融けながら綺麗に塩ニジになるのだ。
以降、塩ニジおにぎり、塩ニジ弁当、塩ニジ定食、塩ニジ茶漬けと頻繁に活躍し、今、2匹目のニジの切り身が冷凍庫に入っている。もちろん今回のは緑のフラッシャーブーを手に入れてグリーンビートルを巻き、ドライで釣ってきたヤツである。大いにめでたい。
※その7・・・野生の王国(06/3/3アップ)
去年のある日、猫が屋根の上にひらりと駆け上がるのを目撃した。そしてまたある日の夕方、ドタドタと屋根の上で音がする。ある日佐藤さんが来ていたときも、またその音。「なんですかアレ」って言うので「ネコネコ」と言うと、「違うでしょ」と外に出た。そして「オポッサムですよ!」。
ワシも外に出て見ると、「アララ、ほんとにオポッサムだ」・・・なのであった。
どうりで猫にしてはドタドタと足音が大きすぎたわけだ。まるでワシ、ムツゴロウさんのようではないか。しかし、最初のウチは喜んでたのだが、そのうち、寝てからもその音で目を覚まされ、だんだんイヤになってきてしまった。
今年はどうかと来てみれば、やはり毎夜うるさい。どうにかならんもんかと思い、一体どこから屋根に登るんだろうと観察してたら、母屋と屋根伝いになっている物置の近くの木に登り、枝に進んでいくとその枝がオポッサムの体重で垂れ下がり屋根に届くのだった。屋根から帰るときも枝を手でたぐり寄せ、それにヒョイと乗って猿のように枝を伝っていくのであった。
次の日、その枝を切り落とした。
しかし、その夜、またドタドタ。次の日、もっと枝を切った。それでも来る。
こうなったら上ってから帰るときに使う枝を全部切ってしまえと作戦をたて。まんまと成功したかに見えた。屋根の上で右往左往するオポッサム。ざまぁ見さらせとばかりバンブーロッドをつないで脚立に上り、ペンペンと頭やら尻やらを叩いていじめてやると、「フーゥッ!」っと声を出し威嚇しやがった。なんだこのやろとばかりもっといじめてやると、さすがに怖くなったのか、帰り道を探して焦り始めた。
屋根の端の下に洗濯物を干すワイヤを張るための杭棒が立っている。
そこによいしょと手を伸ばして乗り移り、杭棒のてっぺんからしょっとシナを作った形で斜めに体をぶら下げた。どうしよっかなぁ、まさに困ったなぁって感じの顔だ。「ざまぁ見さらせ、さあどうする屋根に戻るしかねぇだろが、エエェッ」とワシはヤクザ親分の口調を心の中で言った。と、その瞬間、ヤツはドンと杭棒を蹴り放した。なんと、ストンと難なく着地したではないか。人の背丈ほどある高さから、飛び降りやがったのだ。着地のときに鼻を地面にぶつけるでもなく、体操競技なら、ジッテンジッテンジッテンと10点満点が並ぶほど見事な着地だ。この瞬間、ワシ、諦めた。もうダメ、こんな技もってるなら何をやっても屋根に登るくらい好き勝手にやるに違いない。オポッサムの勝ち。その日からヤツらをペットとして取り扱うことにしたのである。ワシは、マタウラのムツゴロウさんだぞ!
その8・・帰るのだ(06/3/8アップ)
マタウラ下流は今年から5月いっぱい釣りが出来ることになった。あぁ、しかし、ワシはもう帰らなければならない。まだ3月だというのに。
だから、せめて最後くらいはきっちりと釣りまくってやろうと思っていた。だが、これまた「しかし!」なのである。雨が・・・このところたくさん降って、川は茶色の水になってしまったのだ。
仕方がない。こうなるとどうしようもないのだ。時間がまだまだあるのなら遠征すればいいのだが、帰り支度がある。芝刈り、垣根の刈り込み、冷蔵庫も空っぽにして冷凍庫に付いた霜を乾燥させなければならないし、その他もろもろの後かたづけがある。
それに、そんなことをやっている間にも友達がさよならを言いにきてくれたり電話が来たり、ビールを飲んではオシッコしたり、結構忙しい。
今日はピーターの家で、さよなら夕飯を食うことになっている。
そして明日はもうマタウラの住人ではなくなるのだ。
さぁ、また日本でお仕事の毎日が始まる。頭がこんがらかってしまうほど、いろいろな用事が待っている。何から始めるたらいいか、飛行機の中で作戦を立てることにしよう。
電源を抜いた冷蔵庫の霜が融けだして、水滴が落ち始めた。なにかこう、青春映画の中に出てくる安アパートの水道の蛇口からポタッポタッと滴が落ちる光景のように、もの悲しい音である。